Merry Christmas , Mr.Lawrence 2

 

 

 

 

全く

どうかしてるぜ

 

クリスマスだと言うのに

俺には予定が何も無い

 

女房も恋人も全員

俺の元から去って行った

しまいには

『あんたと別れて本当によかったわ』

なんて捨て台詞を吐かれる始末

人を虫でも見るかのような目をしながら

そんな事を言ってたっけ

きっと

俺の事が

転がり落ちそうになりながらも

愛の絶壁に必死でしがみついている

蠅か何かに見えたのだろうかね

兎に角

非情で冷酷な目付きだった事を

鮮明に覚えている

 

 


それにしても

今夜は月が明るい

 

 


まぁ

こんな甲斐性無しの俺だから

それは当然の事だと

分かってはいるのだが

だからと言って

近頃の街の浮かれ具合には

反吐が出る

 

窓から見下ろした

すっかり冬支度をした街は

月明かりのせいか

冷たい空気のせいか

それは知らないが

いつも以上にネオンが輝いて見え

それに辟易した俺は乱暴に煙草を揉み消した

灰皿には吸い殻が山のように溜まっているが

そんな事は今となっては

取るに足りない

些細な事だろう

 

でもこうして

バーボンを持ち込んで

バスタブに浸かりながら

一服を決めていられれば

それはそれで幸せだってもんだ

曇ったガラスには

窶れた年寄りが映っているが

顔に刻まれた深い皺には

年相応の年季なんてものは感じられない

やれやれだ

そんな如何ともし難い事実に

思わず目を背けた

 

 

 

それにしても

こうしてゆっくりと風呂に浸かるのは

どれくらいぶりだろうか

きっとあの

綺麗な赤い髪をした女と

風呂場で乱暴なセックスをして以来だろうか

壁に手を付かせて

後から思いっきり突いてやったら

涎を垂らしながら白目を剥いてたっけ

 

にしては随分と

昔の出来事のように感じるが

だが

例えるのならば

あの女はいつだって才能を発揮した

俺をイラつかせる事においては

まさに天才と言うしかなかった

いや

発明家と言った方が相応しい

そんな女だった

 

 

 

そう言えば

さっきから猫の姿が見えない

きっと奴も俺の不甲斐無さに

呆れて出て行ったのかも

そして

何処かの裏路地で

世界の終わりについて

語っているのかも

 

 

 

そうそう

この時期になるといつも

ある男の事を思い出す

 

小柄で短髪のあの男

名前だけがいつも思い出せないまま

 

ただ

奴の言った事は

はっきりと覚えている

 

メリークリスマス

メリークリスマス

ミスター 『・・・』

 

あの時の

何とも言えない

表情が

 

泣きそうになっているのか

笑いを堪えているのか

そんな

何とも言えない表情が

 

俺は大好きだったんだ

それに

名前を呼んでくれた事が

何よりも嬉しいと感じたんだ

 

 

 

あぁ

俺は再び

あの時みたいな黒い蠅となって

愛の絶壁に

必死で

しがみつこうとしている

 

 

 

そんな夢を見ていた

 

 

 

 

 

バーボンはすっかり空となり

俺はバスタブの水の

さらに奥底へと

ゆっくりとゆっくりと

沈んでゆく

 

そして

 

この世の物とは思えない程の

完璧な静寂と言うものに包まれる

何処からか一瞬

羽音が聞こえたが

多分、気のせいだろう

そして

弱々しく鼓動する心臓の音だけを

ただただ

聞いている