Tony Scott

恋をしてしまった事を

誰にも知られたくない

暑さに蒸せるホームで

電車を待っている

学生カバンを持ったあの娘

 

休日の人で溢れた公園のベンチ

固く目を閉じて座る

日々、虚無になっていく感覚を恐れる

スーツ姿の会社員

 

おはようと誰かに言って

おかえりと誰かに言われて

そんな毎日は本当に

退屈で憂鬱で

 

今日の終わりを想像したなら

明日は目覚めなければいいのになんて

思ってしまうけれど

 

 

遠い国ではまだ戦争が続き

人知れず誰かが命を落とし

得体の知れない疫病が蔓延している世界だと

ニュースキャスターが言った

 

僕の隣で眠る裸の女性は

夢の中で別の男の名前を口にした後

熱帯夜のせいで汗ばんだ身体を

猫のように丸めた

 

何処かの街では

デモ隊に銃弾が撃ち込まれ

赤い血を流しながらアスファルトに倒れ込んだ

志半ばであろう若者を

その映像は映していた

 

昨夜とは別の女性は

僕の硬く膨張したものを

優しく口に含みながら

その全てを飲み干し終わると

悲しい表情で笑った

 

 

だけど

今でも僕は

Maverick や コール・トリクルのような

天才的で絶対的なヒーローに憧れ

激しく愛しあったりしたいのだけれど

挫折からの成功ってものを未体験な自分には

「私をベッドに連れて行きなさい さもないと私を失うことになるわ」

なんて言ってはもらえないだろう

 

大空を飛ぶという事

車を速く走らせるという事

その単純な動機と挫折と情熱

それでもまだ

僕の世界は混沌としていて

 

おはようと

毎日誰かに言って

おかえりと

毎日誰かに言われて

 

それから

 

バイクで疾走して

ビーチバレーをして

たまに物思いに耽って

生意気な態度をとって

レースカーを走らせて

戦闘機で空を舞って

 

これからも

そう

きっとこれからも

 

決して色褪せる事のない

夢のような世界があるのだから

連れて行ってくれないかと

いつまでも待っている少年は

その熱い胸を焦がしながら

 

 

 

トニー・スコットに捧ぐ